鑑賞をさらに楽しむために。

美術館で作品を観るのが好きだ、という方は、ぜひ自分でも制作して欲しいな、と思う。

 

スポーツでもなんでも自分が体験した事の方が感動が大きい。

今年も箱根駅伝が盛り上がっていた。様々な人間ドラマ、物語があり、ついつい見入ってしまうのだけど、多くの人が感動する背景には、みんな「長距離走」を経験していることがあるんじゃないだろうか。

息が上がり、辛く、足が痛くなる、あの感覚を知っているから応援したくなる。

中でも、本格的に取り組んだ人は、より感動が深く(大きく)なるのではないだろうか。

例えば、マラソンを完走したことがある人は、42.195kmを走り切るのがいかに凄いかがわかる。

陸上部などで本格的に練習した人であれば、レースの駆け引きや1kmを3分以内で走ることの大変さなどまで感じることができるだろう。

つまり、同じ競技を実際に経験し、深く関わる方が、選手の気持ちや努力をより実感できるから、楽しみ方が増え、深くなる。

きっと箱根駅伝を実際に走ったことのある人は、走ったことがない人に比べて箱根駅伝の中継を楽しむことができるだろう。

 

 

反対に、経験したことがない競技では、なかなかそうはいかない。

例えばレスリング。日本人選手が国際試合で活躍する姿を見て、興奮したり、感動している。

だけど、何が凄いのか、どんな駆け引きがあるのかなどは、どれくらいの人がわかるのだろう?

僕の場合、なんとなく勝った負けたで楽しんでいるだけで、経験者はきっと何十倍も楽しんでいるのだろうな、と羨ましく思う。クリケットなども、僕にはルールもよくわからないから、そのプレーを楽しむことは難しい。

 

さて、本題の美術作品について。

 

美術作品の鑑賞にも同じことが言えるのではないかと思う。

 

デッサンを真剣にしたことがある人は、ミケランジェロの素描の線にどんな工夫があるか、観察眼がいかに凄いかが、デッサンしたことがない人より感じられる。

新しい表現を模索する人は、マルセル・デュシャンや岡本太郎の視点の新しさ、凄さに感嘆する。

奔放に自己表現したいと思って制作したことのある人は、草間彌生やニキ・ド・サンファル作品の色やフォルム、発想力に憧れるだろう。

激しい表現がしたいと思って油絵を描いた事がある人は、ゴッホの色やタッチ(筆跡)が、真似しようと思ってもできないことを知る。

 

 

もちろんただ見るだけでも十分楽しめるとは思うのだけど、油絵を描くとか、大理石を彫る経験があるほうが、きっと美術作品の鑑賞ももっと楽しくなると思う。

でも、なにも油絵や大理石まで本格的でなくてもいい。

レシートの裏に、コーヒーカップをボ描いてみるだけで、明日からモネの見え方が変わるかもしれない。

 

何を描こう?と探しはじめた時から、制作は始まる。そして、1本の線を引くときのドキドキ。はやる気持ちや、少しの不安を内包した豊かな時間。

きっと誰もが子供の頃に感じた事があるはず。それを大人になった感性で感じてみること。

大人になって色々と経験した自分がどんなものを美しいと考え、何が大切だと感じているのか。それを知るために、線を一本引いてみませんか?

作家はいつもそのドキドキを経験しているんだな、と思うだけで、きっと作品の見え方が変わる。

 

 

だから、もし美術作品を鑑賞することが好きであれば、ぜひ一本の線を引いて欲しい。

もっともっと鑑賞を楽しめるから。ゴッホの激しさとピュアさが、草間彌生の切実さと奔放さが、東山魁夷の優しさと凄みが、もっと身近に感じられるから。

 

 

そうそう、その時にうまく描かなきゃとか考えなくて良いと思う。ピカソは、あまりに上手く描けるから、子供のように描きたいと言って、子供やプリミティブアートのような表現にのめり込んでいった。きっと、知識や技術に侵食されていない、心のこもった線にこそ、美術作品の魅力があるのだろう。

 

その線がなかなか引けなくて、もどかしい思いをするからこそ、名作たちを見たときの感動が大きくなるんだよなぁ。